厳木町の肥前狛犬5
ここも神社名を伏せます。
神殿の外の縁側に1対2体、ア、ウンというよりもイとウンという感じです。屋根の下といえども、多少は雨が当たるところです。砂岩製の肥前狛犬の頭の上には、うっすらと緑色の苔が生え始めています。
次回は厳木町肥前狛犬6です
厳木町の肥前狛犬4
神殿内にきれいな肥前狛犬が1対2体ありますが、自由に出入りができるため、神社名は伏せます。
砂岩で出来ていますが、ずっと室内で保管されていたものでしょう、汚れもなく、彫刻された時のままの姿で、時を刻んでいます。したがって、ア像には刻まれている銘文が読めます。享保5年(1720)3月日吉日、奉納者は小笠原太助・与市・市兵衛の3人の名前も分かりますが、写真の撮り方が悪くて良く分からないのは私のカメラが安物の上に腕も悪いのです。すみません
次回は厳木町肥前狛犬5です
厳木町の肥前狛犬3
この神社も神社名を伏せます。神殿入り口の板張りに、1対2体のきれいな肥前狛犬です。
右側のア像は、事故にあわれたのでしょう、前足を破損して、石の上に乗せられて、痛々しいものです。
境内には、石の祠の前に1対2体の肥前狛犬が鎮座していますが、
風雨にさらされた、戸外にいるため、苔むし、つる草もこびりつき狛犬の表情は分からないようになっています。
境内の末社のお堂の中に1体だけの肥前狛犬もいます。
屋内のあるのは、さすがにきれいにしていますが、相棒がいないのはどうしたことでしょうか、なんとなく寂しそうに見えるのは私だけでしょうか。
次回は厳木町4です
厳木町の肥前狛犬2
写真では奥に、木の柵が写っていますが、手前にももっとしっかりした柵があり、その隙間から写真を撮ったので全体を撮ることは出来ませんでした。したがって、盗難にあう心配がないので、神社名を差し支えなさそうです。浦川内地区の加茂神社です。
この地区には肥前狛犬の研究保存に熱心な方がおられて、啓蒙をなされているので、今後は、こんなところが増えてくるのではないでしょうか。
次回は厳木町の肥前狛犬3です
厳木(きゅうらぎ)町の肥前狛犬1
読みにくい町の名前ですが、平成の合併で唐津市に飲み込まれました。天山や作礼山の登り口もあり、出力60万(30万x2)キロワットの天山揚水発電所もあり、温泉が掘り出された時には「卑弥呼の湯」と名付けられて温泉がオープンしました。石の鳥居・肥前鳥居では佐賀県で最も古いのがあるのもここです。そんなことで、厳木町には10回以上は足を運んでいます。
ここの肥前狛犬も不用心な所に置かれているので、神社名は伏せることにします。
アもウンも保存状態は極めてよく、風雨にさらされることもなく、おそらくずっと室内に置かれていたもののようです。もしかして、大正以降の人が刻んで置いたのではなかろうかと思ったりします。
次回は厳木町の肥前狛犬2です
唐津市相知町の肥前狛犬2
この神社に2対4体と1体、合計5体の肥前狛犬がいました。
石の祠の台座の上に、左右1対ですが、アかウンかはっきりしません。左側には角があるようにも見えます。
祠は扉が取れて、何を祭っているのか分かりませんが、立派な台座の上には左右に胴体が長いのが1対、その上の段に小型のものが1体あります。
小型のものは、ア君だけです。ウン君はどこへ行ったのでしょうか。
相知町には他にも、肥前狛犬はまだありますが、今回回ったところだけ紹介します。
次回からは唐津市厳木町の肥前狛犬を紹介します
唐津市相知(おうち)町の肥前狛犬1
神主も常駐していない神社ですから、神社名は出さずにおきます。
お堂の中、板碑の前に、1体だけの肥前狛犬です。昔はおそらく、1対2体だったと思われます。ア像君は、ウン君がいなくなって何かしら、寂しそうな感じを受けます。
次回は相知町2です