志々伎神社は下から、沖の宮、中宮そして志々伎山の頂上に上の宮があります。石の祠があるだけですが。
写真のように、見る角度によって少し違いはありますが、頂上は岩盤で、狭い居場所しかありませんが、五島や壱岐の島も見えます。名山として、九州100名山に入れられていましたが、その後新百名山として長崎県代表で入りました。ただ近頃登っても、黄砂やPM2.5の粒子がひどく遠望が利かなくなったのが残念です。高さが、347mと低山なので、海の色の変化が良く分かり、魚の大群が移動する魚影も見ることができます。
志々伎神社中宮が現在もお祭りが行われ、立派な社が建てられていますが、少し外れに古中宮と呼ばれている、廃墟みたいな所もあります。現在の中宮には幅の広い石段が取り付けられていて、江戸時代の平戸藩主が参拝に来ていたのだそうですから、古中宮はかなり昔に使われなくなったみたいです。現在、志々伎神社中宮までは、車で行けます。登山者のための駐車場もあります。前置きが長くなりました。
(2)志々伎神社中宮、6角薩摩塔
志々伎神社中宮とはいえ、駐車場と中宮の中間ぐらいのところで、古い墓の宝篋印塔や五輪の塔などもあります。
(3)志々伎神社中宮、4角薩摩塔
ここには、薩摩塔と呼ばれるものが、2基あります。いずれも、欠損があり、完形ではありませんが、それなりの風格があります。この4角のほうには、拓本を採ったら、中国の年代らしいのが出てきたと、著者の井形氏は述べられていましたが、私には全く文字とは見えないので、ここでは紹介しません。
次回は安満岳山頂の薩摩塔
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