館山是興寺跡の薩摩塔
是興寺跡は松浦史料博物館の上の段の藪の中です。古い墓地が数基ある中に、平戸松浦家15代松浦定(さだむ・肥州公)の墓と言われるものの所に、この薩摩塔があります。
今では荒れた墓地です。この荒れ方を見ると、平戸藩では、9代・10代の藩主の時、家世伝を編集して、昔の殿様の墓を建てたりしていますので、その時に建てられたものかも知れません。
五輪の塔が定公の墓で、左隣に小型の薩摩塔がありました。拡大したら
現在の平戸中学校のすぐ下の段です。近道のためか、藪の中に細い道ができています。中学生がタバコを吸うときに使っているとも聞きました。
それにしても、殿様の墓に薩摩塔があるのは他では見られません。薩摩塔の研究者の論文では、日本に住み着いた中国人商人が、中国から取り寄せて祭ったものらしいと書かれているので少し違和感を感じます。
次回は御堂前の薩摩塔です
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