諫早の肥前狛犬4
ここにも肥前狛犬が2対4基ありました。新しいものと、古いものがはっきりしています。古い方から
駐車場のすぐ近くの石の祠のそばに、注連縄を2体まとめてかけられていました。
古くて苔も生えています。石もかなり風化して、狛犬とも思えない姿になっています。ここは神殿からは少し離れた所です。
本殿には、新しい肥前狛犬が1対2体、神殿を守るようにいました。
小さいので、移動して光を当てて写真に収めました。
砂岩で造られたこの肥前狛犬は、屋内にあるので、風雨にさらされることもなく、白くなってしまいました。
参道狛犬の本を読んでいたら、新しい狛犬が奉納されたら、古いものは現役を引退させられて、神社の片隅に片付けられていて、それらのことを、先代の狛犬と呼ばれています。したがって、駐車場のそばのものは、先代の肥前狛犬といったところでしょうが、注連縄もかけられているので、大切には扱われているようです。
次回は諫早5です
諫早の肥前狛犬3
このお宮には、肥前狛犬が2対4体あります。石の祠が横に3基並び、中央の祠の左右に、小型の肥前狛犬が1対2体あります。
ア・ウンは良く分かりません。そして、祠の両端には、中型の肥前狛犬が1対2体あります。右側には
左側には
この中型のものは、左側がアで、右側がウンとはっきり分かります。どちらが古いのか新しいのかはよく分かりません。もともとこの場所に最初からあったとは思われません。とくに、中型の分は台からずいぶんはみ出しています。小型が多い肥前狛犬は、後世寄せ集められたことが多いようです。
次回は諫早4です
諫早の肥前狛犬2
向かって右側のものです。
後ろ姿です
向かって左側は
小型で、縦長のもので、ア・ウンどちらがどうか分かりません。よく似たユーモラスな顔です。
次回は諫早3です
諫早の肥前狛犬1
江戸時代、諫早は佐賀藩領の土地でした。肥前鳥居もあるし、六地蔵塔も佐賀型のものがいくつもあります。あるだろうと予想はしていましたが、確かにありました。しかし、神社名を挙げてブログに書きだすのには、抵抗があります。この肥前狛犬は、最近知っている人には貴重品扱いされ、品物が小さいうえに、神社は無人の所が多く、盗難にあい、古物商の店先にあったり、ネットオークションにかけられたりしているようなこともあります。したがって、このブログでも、安心できるところ以外は神社名を伏せて書くことにします。しばらくは、神社名は書くことができません。問い合わせいただければ場所を教えることは出来ます。
正面からと横からと写真を2枚づつ示します。ア、ウン一対ですが、どちらもかなり石が流れていて、アかウンか定かではありません。安山岩と石材は思われます。時代的には戦国時代から江戸時代初期のものではないでしょうか。
次回は諫早2です