以前佐世保駅前に「ホテル松蔵」という瀟洒なホテルがありました。芸能人やプロ野球選手が泊まったりしていました。私は泊まったことはありませんでしたが、レストランには1~2度行ったことがあり、若かったので、気遅れを感じたほどでした。このホテルの玄関脇の植木の中に、これらの道しるべはあったそうですが、それらがまとめられています。
これらは、佐賀県伊万里出身の松尾良吉(安政4年1857-昭和7年1932)という人が、明治から昭和にかけて、佐賀・長崎県に数多く建てられたようです。現在残っているのは、この7基だけですが、戦後の車社会になって、道路の拡張、舗装が行われ移転されたものでしょう。指先で方向を示したもので、何か懐かしさを感じます。全部並べてみます。
ここに書かれている地名では、私が知らないところもあります。これらの石の横には「松尾良吉 建」と彫られているので、工事関係者から連絡があり、子孫の方が引き取り移転されたのでしょう。佐世保湾を一望する鵜渡越には「鵜渡越開発者 松尾良吉翁之碑」が建てられています。
文化財に指定されていないものは、県や市の教育委員会は、自分たちが指定していない文化財には全く関心がないので、工事の度に無名の文化財は取り壊されてしまいます。石材の場合、産業廃棄物として、破砕してコンクリートのバラスとして使われると、石材業者から話を聞きました。
道しるべは江戸時代に売り出された地図には「傍示石」として、書かれています。これは平戸藩内のもので、田平から江迎方面と御厨方面の分岐点にあったもので、現在これがないので、分岐点の位置が確定できないのが、平戸街道ウォーキングの案内の時あいまいな説明に終わっています。
次回からは織部灯篭です
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