2018年2月26日月曜日

122.佐賀県武雄市の肥前狛犬8

武雄市8 
 1対2体の肥前狛犬は小高い山の頂あたりに鎮座しています。



 ウン像の足が片方欠け落ちています。高い所にあるので、転げ落ちたときに欠けたのでしょう。
 この祠からまっすぐに下り、階段も急坂になっていますが、この階段を下ったら、人造湖になっています。

 この農業用水の大きな池は、一緒に行った郷土史家、市川明さん(上の写真の人)の話によると、江戸時代の初期に佐賀藩士成富茂安によって作られたものだそうです。300年以上の年月が経っていますが、現在も立派の機能しています。江戸時代の人はこの神社には対岸から船で行き来していたようです。

次回は武雄市9です





2018年2月19日月曜日

121.佐賀県武雄市の肥前狛犬7

武雄市7 
 中型でがっしりした、肥前狛犬が1対2体、社殿前両側に鎮座しています。


 ア・ウンがはっきりしない肥前狛犬が多いなか、この1対は向かって右側がア像、左側がウン像とはっきり区別がつきます。

次回は武雄市8です






2018年2月12日月曜日

120.佐賀県武雄市の肥前狛犬6

武雄市6 
 この神社は高速道路建設の際に移転してきて、現在地に移ったそうです。


 中型の大きさですが、ウンの鼻の渦巻きはユーモラスです。ア像の鼻も同じように渦巻かもしれませんが、苔が生えて良く分かりません。

次回は武雄市7です







2018年2月5日月曜日

119.佐賀県武雄市の肥前狛犬5

武雄市大崎八幡宮の肥前狛犬 
 武雄市北方町のこの神社の肥前狛犬は大型で堂々としたものが1対2体鎮座しています。


 背丈が2尺を超す大型で、これなら簡単に盗まれることはなさそうなので公表することにしました。
 この他に近くに、一目見たときには、肥前狛犬!と思い写真を撮りましたが、少し変なものもあります。
 
 よく見たら、逆立ちしています。これでは肥前狛犬とは認められないと肥前狛犬を学ぶ会でも、認定されていません。1対ではなく、1体だけです。

次回は武雄市6です








2018年1月29日月曜日

118.佐賀県武雄市の肥前狛犬4

武雄市4
  ここの1対2体は小さくて、ひょいと持っていかれそうなので、場所が特定するようなことは書くことができません。


 写真を撮ったとき、日差しが強くて、あまり良くなかったのですが、屋外に置かれているためでしょう、顔の表情は良く分かりません。300年以上は経っているようです。

次回は武雄市5です




2018年1月22日月曜日

117.佐賀県武雄市の肥前狛犬3

武雄市3
 ここには1対2体と1体、合わせて3体の肥前狛犬がいますが、神社名は明らかにはしないことにします。




 この1対は風化が進み、傷みがひどいものです。ウンの方は何とかまともに見れますが、アと思われるのは、口のあたりの石ははぎ取れてなくなっています。横から見ればこの石は頁岩らしく大昔の堆積層に沿ってひびが入っています。上中下3か所もロープで縛られて痛々しさがひどいものです。
 1体だけのものは

 神殿前の片隅に、ガラクタ石を寄せ集めたように雑然と置かれた中にあります。

 こちらもずいぶん傷みがひどく、顔の表情は良く分かりません。別の所にあったものをここで余生を送っていますが、待遇は良くありません。

次回は武雄市4です



2018年1月15日月曜日

116.佐賀県武雄市の肥前狛犬2

武雄市の肥前狛犬2
 この神社名は出さないことにします。





 神殿内に1対2体鎮座しています。ここの場合ずっと神殿内にいて、雨風に当たることもなかったのでしょう、300年以上は経っているのに、風化はほとんど見られません。顔をアップしてみると出来上がったときのものと同じではないでしょうか。

次回は武雄市3です