平戸にはアーチ石橋が5つあったそうですが、現在残っているのは3か所だけです。
(1)幸橋(さいわいばし)通称オランダ橋
平戸市役所の玄関口に架かっています。説明文は
元禄15年(1702)に架けたものです。以前には木の橋が架かっていたのを石橋にしたものだそうです。平戸藩第5代藩主棟(たかし)公の時です。
この場所は平戸城と城下を結ぶ要衝の地でしたが、現在も市役所や警察署などもあり平戸市の中心地です。
この橋を作った石工はこれより100年ほど前に、平戸にあったオランダ商館を造った人の技術を受け継いだといわれています。最近復元されたオランダ商館の入り口には、石のアーチが見られます。「史都平戸」によると、オランダ商館が平戸に設置されたのは1609年、1617年オランダ商館増築、常灯鼻築造とあります。当時石を組み合わせてアーチ型にして強い構造物を作る技術は日本にはなくて、オランダ人の指導によって出来たものでしょう。その時習得した日本人の石工がずっと受け継いでいたと思われます。
この橋は鏡川が平戸湾への河口に当たるところですから、当時としては、大きな橋で潮流にも難儀したことでしょう。そこで、平戸の石工たちは約四分の一ほどの大きさのアーチ石橋を上流に実験的に造ったものが残っています。
(2)法音寺橋(ほうおんじばし)
ここにあった法音寺は今ではありませんが、アーチの石橋は立派に残っています。オランダ橋の直前に架けられたものでしょう。
(3)誓願寺橋
六地蔵塔や薩摩塔を調べるために、何度も足を運んだ誓願寺の入り口に架かっています。前の二つのものより後になって造られたようです。
これらの三つの橋の石組をよく見たら、明治以降の石橋やトンネルの石組で見られる、アーチの頂点の要石(かなめいし)がないことです。誓願寺橋はアーチにひずみや隙間が出ていますので、大きな水が出た場合には流されるかもしれません。オランダ橋は国指定の建造物になっていて、昭和50年代には全ての石を番号を打って取り外し、防塩処理をして組みなおしたと聞いています。これはコンクリート橋よりずっと長持ちすることでしょう。
次回は長崎の眼鏡橋です
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