現在はどちらも佐世保市内になっていますが、相浦谷の柚木と佐々谷の世知原をつなぐ道はここだけでした。江戸時代からあったと地元の人は言っています。標高は400mぐらいでしょう。
冬越峠という呼び名も気に入りました。冬になると世知原から下ってきた車には雪が積もっていて雪深い所という印象が昔からありました。
峠の付近は、堀切になっていて道幅はおよそ4.5mですが、石垣の高さは、高い所で5mほどあります。積み方は野面(のづら)積みというのでしょう、丸いのや四角、尖ったものなど自然石の組み合わせです。
中央に四角の大きない石があり、そこには大正15年と彫られています。その頃、道路が整備されたのでしょう。峠の両側、柚木も世知原もその頃は炭鉱が盛んな時期です。現在はアスファルト舗装がされていますが、木の葉が道路の端には積もっていて、周りの木も茂っていて夏でも木漏れ日がさす涼しい所です。世知原側には、あじさいロードが整備され、6月には大輪の花を咲かせています。その先には山暖簾(やまのれん)という温泉施設ができました。佐世保市に合併してからは黒川紀章設計ということで人気が出てお客を集めています。佐世保の奥座敷とか天空の宿などとも呼ばれています。
次回は安政6年の墓碑です
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