2017年6月26日月曜日

87.佐賀県多久市の肥前狛犬6

若宮八幡神社の肥前狛犬
 この神社は大きくて古いもので、佐賀県の文化財に指定されています。
 階段を上った神殿前に、古くて大き目な1対2体の肥前狛犬が鎮座しています。ここのは盗難の心配がなさそうに思えますので、披露することにしました。



 両像とも、ア像かウン像分からず、イといった口の形です。しかし、長年の間に苔むして、貫禄も出てきています。

次回は肥前狛犬が続いたので、しばらく他のものにします。同期会で行った徳川美術館(名古屋市)の織部灯篭です








2017年6月19日月曜日

86.佐賀県 唐津市厳木町6

厳木町の肥前狛犬6
 ここも不用心なので、神社名を伏せます。


    神殿には1対2体、奉納されていますが、小型で可愛いものです。写真を撮るために移動させて、並べたり、向き合わせたりしてみました。向かって左側がア像、右側がウン像と良く分かります。ウンくんが少し汚れていますが、一時家出していた時があったのでしょう。

次回は多久市の肥前狛犬6です





2017年6月12日月曜日

85.佐賀県 唐津市厳木町5

厳木町の肥前狛犬5
 ここも神社名を伏せます。




 神殿の外の縁側に1対2体、ア、ウンというよりもイとウンという感じです。屋根の下といえども、多少は雨が当たるところです。砂岩製の肥前狛犬の頭の上には、うっすらと緑色の苔が生え始めています。

次回は厳木町肥前狛犬6です









2017年6月5日月曜日

84.佐賀県 唐津市厳木町4

厳木町の肥前狛犬4
 神殿内にきれいな肥前狛犬が1対2体ありますが、自由に出入りができるため、神社名は伏せます。




 砂岩で出来ていますが、ずっと室内で保管されていたものでしょう、汚れもなく、彫刻された時のままの姿で、時を刻んでいます。したがって、ア像には刻まれている銘文が読めます。享保5年(1720)3月日吉日、奉納者は小笠原太助・与市・市兵衛の3人の名前も分かりますが、写真の撮り方が悪くて良く分からないのは私のカメラが安物の上に腕も悪いのです。すみません
 

次回は厳木町肥前狛犬5です





2017年5月29日月曜日

83.佐賀県 唐津市厳木町3

厳木町の肥前狛犬3
 この神社も神社名を伏せます。神殿入り口の板張りに、1対2体のきれいな肥前狛犬です。


 右側のア像は、事故にあわれたのでしょう、前足を破損して、石の上に乗せられて、痛々しいものです。
 境内には、石の祠の前に1対2体の肥前狛犬が鎮座していますが、


 風雨にさらされた、戸外にいるため、苔むし、つる草もこびりつき狛犬の表情は分からないようになっています。

 境内の末社のお堂の中に1体だけの肥前狛犬もいます。

 屋内のあるのは、さすがにきれいにしていますが、相棒がいないのはどうしたことでしょうか、なんとなく寂しそうに見えるのは私だけでしょうか。

次回は厳木町4です



2017年5月22日月曜日

82.佐賀県 唐津市厳木町2

厳木町の肥前狛犬2


 写真では奥に、木の柵が写っていますが、手前にももっとしっかりした柵があり、その隙間から写真を撮ったので全体を撮ることは出来ませんでした。したがって、盗難にあう心配がないので、神社名を差し支えなさそうです。浦川内地区の加茂神社です。
 この地区には肥前狛犬の研究保存に熱心な方がおられて、啓蒙をなされているので、今後は、こんなところが増えてくるのではないでしょうか。

次回は厳木町の肥前狛犬3です



2017年5月15日月曜日

81.佐賀県 唐津市厳木町1

厳木(きゅうらぎ)町の肥前狛犬1
 読みにくい町の名前ですが、平成の合併で唐津市に飲み込まれました。天山や作礼山の登り口もあり、出力60万(30万x2)キロワットの天山揚水発電所もあり、温泉が掘り出された時には「卑弥呼の湯」と名付けられて温泉がオープンしました。石の鳥居・肥前鳥居では佐賀県で最も古いのがあるのもここです。そんなことで、厳木町には10回以上は足を運んでいます。
 ここの肥前狛犬も不用心な所に置かれているので、神社名は伏せることにします。

 


 アもウンも保存状態は極めてよく、風雨にさらされることもなく、おそらくずっと室内に置かれていたもののようです。もしかして、大正以降の人が刻んで置いたのではなかろうかと思ったりします。

次回は厳木町の肥前狛犬2です