2016年12月19日月曜日

60.佐賀県の肥前狛犬 多久1

多久市の肥前狛犬 1
 肥前の国と言えば佐賀県と長崎県ですが、江戸時代までは、長崎県側よりも佐賀県側が人口も多く、時代をさかのぼればなおさら佐賀側が古い歴史を感じさせます。
 以前に肥前鳥居をブログの書きましたが、それも佐賀には古いものが数多くあります。現在、「肥前」が付く石造物は「肥前鳥居」と「肥前狛犬」だけです。それらも長崎県では歴史研究家の中でもそれほど注目されることはありません。ところが、佐賀県には鳥居も狛犬も熱心な研究家が大勢います。実は佐賀県の人に肥前狛犬のことは教えてもらい、初めて気が付いた次第です。そんなわけで佐賀県には数多くの肥前狛犬が現存し、研究家、愛好家が盛んに活動されています。



 神社名を出すことができないのが残念です。小さいけど愛らしい顔をしています。写真を撮るために動かしました。盗まれはしないかと心配になります。

次回は多久の肥前狛犬2です



2016年12月12日月曜日

59.長崎県の肥前狛犬(10)大村

大村の肥前狛犬
 この神社も無人の社ですから、神社名は伏せておきます。参道右側のは、葛が巻き付いていたので、取り払ってから写真を撮りました。


 左側のも、間もなく葛に巻かれそうです。苔も生えています。どちらも、屋外の雨ざらし日ざらしですから、石の風化も進み、顔だちも良く分かりません。



 大村では、ここだけしか肥前狛犬はないそうです。長崎県内には他に長崎市内や島原半島にもあると聞いていますが、まだ探し出せずにいます。

次回からは佐賀県の肥前狛犬を書きます



2016年12月5日月曜日

58.長崎県の肥前狛犬(9)諫早5

諫早の肥前狛犬5
 珍しいことに、ここの肥前狛犬は池の中にあります。

 本殿右側のは頭の部分だけ水からのぞかせています。苔も生えているので、よく見ないとわからないものです。左側のは

 池の中の石の上に置かれていて、しかも、池の水は抜けてしまっているので、全体が分かります。これまでにはずいぶん狛犬は見てきましたが、池の中にあるのは初めてでした。以上、諫早の肥前狛犬は7対14体でした。

次回は大村の肥前狛犬です





2016年11月28日月曜日

57.長崎県の肥前狛犬(8)諫早4

諫早の肥前狛犬4
 ここにも肥前狛犬が2対4基ありました。新しいものと、古いものがはっきりしています。古い方から
 

 駐車場のすぐ近くの石の祠のそばに、注連縄を2体まとめてかけられていました。


 古くて苔も生えています。石もかなり風化して、狛犬とも思えない姿になっています。ここは神殿からは少し離れた所です。
 本殿には、新しい肥前狛犬が1対2体、神殿を守るようにいました。

 小さいので、移動して光を当てて写真に収めました。


  砂岩で造られたこの肥前狛犬は、屋内にあるので、風雨にさらされることもなく、白くなってしまいました。
 参道狛犬の本を読んでいたら、新しい狛犬が奉納されたら、古いものは現役を引退させられて、神社の片隅に片付けられていて、それらのことを、先代の狛犬と呼ばれています。したがって、駐車場のそばのものは、先代の肥前狛犬といったところでしょうが、注連縄もかけられているので、大切には扱われているようです。

次回は諫早5です

 

2016年11月21日月曜日

56.長崎県の肥前狛犬(7)諫早3

諫早の肥前狛犬3 
 このお宮には、肥前狛犬が2対4体あります。石の祠が横に3基並び、中央の祠の左右に、小型の肥前狛犬が1対2体あります。

 




 ア・ウンは良く分かりません。そして、祠の両端には、中型の肥前狛犬が1対2体あります。右側には


左側には


 この中型のものは、左側がアで、右側がウンとはっきり分かります。どちらが古いのか新しいのかはよく分かりません。もともとこの場所に最初からあったとは思われません。とくに、中型の分は台からずいぶんはみ出しています。小型が多い肥前狛犬は、後世寄せ集められたことが多いようです。

次回は諫早4です




2016年11月14日月曜日

55.長崎県の肥前狛犬(6)諫早2

諫早の肥前狛犬2
 
 向かって右側のものです。




後ろ姿です


 向かって左側は



 小型で、縦長のもので、ア・ウンどちらがどうか分かりません。よく似たユーモラスな顔です。

次回は諫早3です








2016年11月7日月曜日

54.長崎県の肥前狛犬(5)諫早1

諫早の肥前狛犬1
 江戸時代、諫早は佐賀藩領の土地でした。肥前鳥居もあるし、六地蔵塔も佐賀型のものがいくつもあります。あるだろうと予想はしていましたが、確かにありました。しかし、神社名を挙げてブログに書きだすのには、抵抗があります。この肥前狛犬は、最近知っている人には貴重品扱いされ、品物が小さいうえに、神社は無人の所が多く、盗難にあい、古物商の店先にあったり、ネットオークションにかけられたりしているようなこともあります。したがって、このブログでも、安心できるところ以外は神社名を伏せて書くことにします。しばらくは、神社名は書くことができません。問い合わせいただければ場所を教えることは出来ます。




 正面からと横からと写真を2枚づつ示します。ア、ウン一対ですが、どちらもかなり石が流れていて、アかウンか定かではありません。安山岩と石材は思われます。時代的には戦国時代から江戸時代初期のものではないでしょうか。

次回は諫早2です